2016年度
大学院・学部共修「比較政治」



1. 授業概要

【授業科目の目的】


 今日の日本は複合的な危機に直面しています。非正規雇用の割合は全就業者の4割となり、とりわけ若者と女性のあいだで不安定な雇用に就く人が増えています。過去30年にわたって格差の拡大がつづき、すでに先進国ではアメリカに次いで不平等な社会になりつつあります。不安定な雇用と暮らしに直面する人びとは家庭を持つことも難しくなり、少子高齢化が急速に進行しています。高齢化にともなって社会保障費が急増する一方、国と地方は巨額の財政赤字を抱え、身動きが取れない状態がつづいています。これから数十年にわたって続く人口減少は、経済や社会保障の仕組みを根底から脅かすと考えられています。

 これらの複合的な問題は、日本の社会が過去から引き継いだ「遺産」です。なぜ日本の政治は、これらの問題と正面から取り組み、解決への道筋をつけてこなかったのでしょうか。将来に向けてどのような選択肢が残されているのでしょうか。

 この講義では、家族のあり方、雇用のあり方、経済と社会保障の関係など、私たちの生活と密接にかかわる政策を、比較政治学、比較政治経済学のアプローチを用いて検討します。具体的には、自由主義モデルのイギリス、社会民主主義モデルのスウェーデン、保守主義モデルのドイツ、日本という四つの代表国をとりあげ、(1)雇用、再配分、家族、グローバル化への対応をめぐる政策の違い、(2)各国の違いをもたらした政治的要因を検討します。たんに比較するだけでなく、どのような政治的工夫がよりすぐれた対応をもたらしたのかを考えます。これらを踏まえ、将来の日本にどのような展望や選択肢があるのかを考えていきたいと思います。

【授業科目の到達目標】


 到達目標は次の三点です。

(1)戦後先進国の政治経済の基本構造を理解すること。1970年代から今日にかけての国内外の構造変化と、今日の先進国が共通して直面している政治的・経済的課題を説明できるようになること。

(2)各国の対応がなぜ異なってきたのかを、比較政治学、比較政治経済学の概念(政党システム、労使関係など)を用いて説明できるようになること。

(3)日本の将来の進路について、自分なりの考えを持ち、その根拠を説明できるようになること。

 一方通行の講義とならないよう、毎回グループ・ディスカッションの時間を組み込みます。また講義時間内に2度の小レポートを実施し、次の講義でフィードバックと進度の調整を行います。

【授業の方法】


毎回リーディング・アサインメントを用意し、教員による講義とグループ・ディスカッションを組み合わせます。

【他の授業科目との関連】

 基礎科目「政治学」「政治史」「政治思想」の内容に比べ、より諸外国の政治に焦点をあわせた発展的な内容とします。ただし、これらの授業を受けていなくとも理解できるよう配慮します。また「福祉政策論」「社会政策」とも関係があります。

2. 授業の内容・計画

【授業の内容】


 第1部では、日本と先進国に共通する現在の政治・社会・経済の問題点を指摘します。これらを分析するための理論を紹介し、講義全体の理論枠組みを導きます。

 第2部では、戦後レジームの形成を比較します。自由主義レジームのイギリス、社会民主主義レジームのスウェーデン、保守主義レジームのドイツ、日本を比較し、なぜ異なるレジームが形成されたのかを検討します。

 第3部では、これらの国で1990年代から現在までどういう改革が行われてきたのかを検討します。特になぜ日本で改革が遅れてきたのかを明らかにします。

 第4部では、「課題と展望」として、雇用政策、家族政策、反貧困政策を検討します。先進国の政策が大きく「ワークフェア」型と「自由選択」型に分岐していることを指摘し、その背景として、政党競争空間の変化があることを指摘します。

 最期に、日本では20年にわたる政党の離合集散が繰り返されてきたことを指摘したうえで、将来の展望について考えます。

【計画(回数、日付、テーマ等)】


@オリエンテーション

1 現状と理論

A先進国の現状
B福祉国家をどうとらえるか

2 戦後レジームの形成

Cブレトンウッズ体制とフォーディズム
Dイギリス、スウェーデン
Eドイツ、日本

3 戦後レジームの再編

F戦後秩序の再編と理論
Gイギリスはなぜ新自由主義を選択したか
Hドイツの苦難と再編
Iスウェーデン社会民主主義の模索
J日本はなぜ分断社会へと至ったか

4 課題と展望

Kグローバル化のインパクト
L労働社会のゆくえ
M少子高齢化への対応
N日本の選択肢

【テキスト・文献】

リーディング・アサインメントは下記の文献から20ページ程度を抜粋します。

新川敏光ほか『比較政治経済学』有斐閣アルマ
建林正彦ほか『比較政治制度論』有斐閣アルマ
宮本太郎『福祉政治』有斐閣
デヴィッド・ハーヴェイ『新自由主義』作品社
ブレア=シュレーダー「共同声明 第三の道」
篠田武司「新たなスウェーデン・モデルの形成」
ジョゼフ・スティグリッツ『世界の99%を貧困にする経済』徳間書店
水島治郎『反転する福祉国家』岩波書店
エスピン-アンデルセン『アンデルセン、福祉を語る』NTT出版

【授業時間外の学習(求められる予習・復習の内容)】

リーディング・アサインメント30分、討議事項への準備30分、復習30分。

3. 評価

【成績評価の方法】


 小レポート(20点) + 平常点(15点) + 期末試験(65点)の合計による相対評価。
 小レポートは一回の提出につき10点(×2回)。平常点は出席と意見提出(5点×3回、不定期)。
 60点をCの目安とし、C以上は成績が均等に分布するよう調整します。

【成績評価基準の内容】

 到達目標にしたがって、(1)戦後政治経済体制の特徴とその変容、(2)各国の政策の分岐をもたらした政治的要因、(3)比較政治からみた日本の特徴、という三点を説明できれば合格とします。さらに、自らの立場と将来ビジョンを選択し、その根拠を説得的に示せたかどうかに応じて加点します。

4. その他

【受講生に対するメッセージ、他】


政治・経済・社会を横断する高度な内容ですが、講義とディスカッションをつうじて、一人一人が日本と世界の将来について、自分なりのビジョンを持つことができるよう努力したいと思います。